重症心不全患者を救える再生医療

私たちが生きる上で必要な心臓。この心臓は大部分が「心筋」と呼ばれる筋肉細胞からできていて、血液を絶えず全身に送り出していることはご存知でしょう。しかし、血液を送り出すポンプの機能が低下すると、「心不全」と呼ばれる状態に。心臓の細胞は一度死んでしまうと元には戻らないため、この心不全に対する治療法の研究が進められています。

「重症心不全」治療の現状

重症心不全とは、心臓の機能がひどく低下した状態で、集中治療が必要な入院を繰り返す心不全のことを指します。根本的な治療法としては「心臓移植」が挙げられますが、日本で行われている心臓移植手術は年間40〜45例ほど。心臓ということもあり、重症心不全の患者数に対してドナーの数が非常に少ないため、3年以上の待機期間が必要であると言われています。
また、自分の心臓に装着することで、心機能を補助する「左室補助人工心臓(LVAD/エルバド)」も重症心不全の治療に用いられます。しかしその扱いが非常に難しく、機器のトラブルは心停止につながる恐れがあるため、在宅治療が可能な埋め込み型のものでも患者の家族にかかる負担が非常に大きくなるというデメリットがあります。

ちなみに、主に「虚血性心筋症」の患者を対象に、骨髄細胞や筋芽細胞の移植が欧米を中心に行われています。しかしこれらの細胞は心筋細胞へ分化する能力は低いという研究結果が出ているため、心不全に対する効果については議論の余地があると言われています。
しかも、細胞の移植は針またはカテーテルを使って行われますが、「注入した細胞溶液が心筋組織より流出する」、「血流に乗って全身に細胞が散布してしまう」など、移植の効率が悪いという面もあります。

このような現状から、重症心不全患者の治療のためには心臓移植や左室補助人工心臓に変わる治療法の開発が急務。日本では「細胞シート移植法」という手法が開発され、臨床研究が進んでいます。

筋芽細胞シートによる、再生医療

細胞シート移植法とはどんな治療法なのでしょうか。
大阪大学の研究グループでは、心不全に対する筋芽(きんが)細胞シートを用いた治療法の開発を進めてきました。筋芽細胞とは、骨格筋が傷ついた時に増殖・分化して損傷した筋肉を補填してくれる細胞のこと。
細胞シート移植法を行う際には、まず患者の太ももから筋肉を採取し、その中から筋芽細胞を取り出します。その後、東京女子医科大学にて開発された「温度応答性培養皿」で取り出された筋芽細胞を培養して「筋芽細胞シート」を作り、でき上がったシートを心臓に移植します。

ここで使われる「温度応答性培養皿」とは、培養した細胞を取り出す際に温度の制御を行うことで無傷な細胞を回収できる特殊な培養皿。従来、培養した細胞の回収には酵素を使いますが、この方法ではせっかく培養した細胞を傷つけてしまうという問題がありました。しかしこの皿を使えば細胞に傷をつけず、「シート」の形で回収ができるようになります。さらにこのシートを重ね合わせることで、3次元の組織を作ることも可能になります。
大阪大学では、この技術を用いて作った「筋芽細胞シート」を心臓に移植する心筋再生療法に長く取り組んできており、まず慢性心筋梗塞のラットとブタに筋芽細胞シートを移植し、心機能が改善することを証明しました。

ただし、ここでの「心機能の改善」とは、心臓そのものの動きが改善したわけではなく、移植した筋芽細胞シートから修復を促すたんぱく質が分泌されたことにより、移植した部位で血管が新しく作られたことで心機能が改善したもの。この実験で用いた筋芽細胞は心筋細胞に変化することはできないので、より重い症状を改善するためには心筋細胞そのものを再生させる治療法が必要なのです。
そこで、今後はiPS細胞を用いて作り出した「心筋細胞シート」が臨床応用化されることが期待されています。

筋芽細胞シートの臨床研究と今後の展望

2007年から、大阪大学と東京女子医科大学の共同研究により、左室補助人工心臓(LVAD)を装着した拡張型心筋症患者に対する筋芽細胞シートの移植が行われました。

その結果としては4例のうち、3症例において筋芽細胞シートを移植した後に心機能の向上が認められました。そのうち2例の患者については人工心臓が不要になり、最終的に自宅での療養が可能になっていることから、筋芽細胞シートの移植治療は、重症心不全治療のひとつの治療方法となる可能性が見出せたことになります。
また、左室補助人工心臓(LVAD)を装着していない虚血性心筋症・拡張型心筋症患者に対しても筋芽細胞シートの移植を行っていますが、こちらは左室収縮率の向上をはじめ、症状の改善や生活の質の向上が見られました。
この臨床研究の結果をもとに、テルモ株式会社では虚血性心筋症に対する筋芽細胞シートの移植に関する企業治験を開始。2014年には厚生労働省へ再生医療等製品として製造販売承認申請を行い、2016年には製品化にこぎつけています。

治療の有無が生死を分ける重症心不全。これまでの筋芽細胞シートの臨床研究をもとに、iPS細胞由来の心筋細胞シートを使った治療など、心不全に対する再生医療系治療の発展が期待されています。

参照文献

参照:しるぽると−『夢と信念』があれば心臓も再生できる
https://www.shiruporuto.jp/public/data/magazine/kataru/036_tatsuya_shimizu.html

参照:長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 循環器内科学−左室補助人工心臓「エルバド」とは
http://www.med.nagasaki-u.ac.jp/junkanki/clinic/lvad.html

参照:医療NEWS—増加する埋め込み型LVAD症例、社会復帰に希望
http://www.qlifepro.com/news/20161111/increasing-number-of-implantable-lvad-cases-hope-for-reintegration.html

参照:テルモ − 再生医療等製品として初、テルモ骨格筋芽細胞シート、厚労省薬食審の部会で審議、承認を了承
https://www.terumo.co.jp/pressrelease/detail/20150902/191

参照:日経デジタルヘルスー世界初「ハートシート」、テルモが発売
http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/053102350/?ST=health

 

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